科学的鍼灸上達論・・・其の一

 

鍼灸上達論と量質転化の法則・・(序章)

量質転化の法則(量質転換とも言います)とは、もとは物理学の用語で「相転移」のことだそうです。

「量的な変化がある一定の閾値を越えると質が変化する」。

氷(固体)→水(液体)→水蒸気(気体)  というように、熱により変化する。

 

唯物弁証法の骨格をなす、弁証法の3法則の一つでもあります。

すなわち「量的な運動を繰り返すことにより、質的に変化し、質的な変化がさらに量的な部分に変化をもたらす」(三浦つとむ先生)

 

実はこの量質転化の法則、我々の鍼灸上達にも置き換えることができます(世界中の全ての運動に通じます)。

一番分かりやすいのが、ホワイトテーピングの技術修得です。

はじめはろくに巻けません。練習を何度も繰り返すのですが、次はどの角度から入るのか、その次はどうか、最初から最低二手先を考えながらやらなければなりません。次いで三手先を考えます。そうしていくと、ある時から無意識に、うまく巻ける様になります。大事なことは、練習の段階で無意識に巻いていては、転化しない、ということです。そして、一度うまく巻ける様になれば、後は定期的な(月に1度くらい)練習でそのスキルは維持できるのです。

 

水を沸騰させるためには、はじめは強い火力を必要とします。

しかし、一度沸騰すればあとは弱い火力で沸騰は続くのです。

 

鍼灸の技術を向上させたければ、

鍼灸上達の構造にも、この「量質転化の法則」が

成り立っていることを知ることなのです。

 

例えば触診。深層部にあるコリを見つけるのに、はじめは力を入れて指を押し込めないと見つけることはできません。しかし、これがかなりの人数(何千、何万人)を触っていくとある時点から軽く指を触れただけで分かるようになるのです。

もぐさ捻りも同じですね。初めての授業では四苦八苦。しかし、ある程度続けていくと急にうまくできるようになります。

指圧・マッサージなどの手技療法もそうです。1週に2~3回位の勤務だと質的転化は不可能です。わたしは1日7時間以上毎日毎日手技だけの期間がありました。

来る日も来る日も。もちろん、一人一人考えながら、どうすればここのコリは取れるのか、どうすれば適圧を効かなくとも分かるようになるのか・・・・

劇的に変わることはなかったのですが、ある時期から変化が来ました。それは患者さんから言われたことでした。「最近、先生のマッサージ変わったね」「なんか、痒いところに手が届く感じ」「もう一押し、と思っていたところに思うように指がくるようになってきたわ」。

「先生は考えながらもんでるね」。

 

刺針もそうです。初めはただ刺すだけです。これを何万回と繰り返すことで、刺針の角度、刺入速度、刺入深度、全てが変わってきます。刺す時に何を考えるのか、どの番手を使うのか、が非常に大事になります。

診断(望・聞・問・切)、六部定位脈診、全て同じことなのです。

(導くのが指導者の能力です)・・・・・・(それを身につけるのが生徒の努力です)

※ただし、診断には立体的な思考が必要であり、構造は複雑です。

針立て→針刺し→鍼打ち  

針(道具としてのただの金属)→鍼(転化して病気を改善する道具になる)

もちろん、変化しない場合もあれば(あまりないですが)、悪い方向に変化する(よくあります)こともあります。

例を挙げましょう。木刀の素振りを毎日千本するとしましょう。

そのときに何を考えてするか、なのです。とにかく毎日本数をこなす。早く千回をこなす。

こんなことでは、やればやるほどヘタになります。

「間違った方法で量をこなすと、取り返しの付かない悪質な転化になります」

正しくは、1本1本正しい形を崩さず、1本1本人を斬るイメージで振ることなのです。

これを繰り返すことで、ある一定の段階から外見は変わらない(見る人が見れば分かりますが)のですが、その質は大きく変化していくのです。

また、質的転化は何度も起きます。そして、転化した質が量的な部分にさらに変化を与えます。

昔、私の友人が、経絡指圧の名人「増永静人」先生のビデオを見てこう言いました。

「普通の指圧なんだよなー」。当たり前です。質的に大きく変化した大名人のビデオを見て解るわけが有りません。指圧に限らず、鍼(鍼は特にそうなのです)の名人のビデオやDVDなどは、自身の技術向上にはほとんど意味を成しません。見て上手くなった気がしているだけなのです。

 

鍼灸の桁はずれた名人、達人はこういった質的に転化した人ばかりなのです。

このような名人に弟子入りして大成するのはちょっと大変です。

まず、その先生が名人になるまでのプロセスを弟子に明示できるか、ですね。

でなければ、弟子の潜在的能力が師匠と同レベルでないと難しいでしょうね。

(だから成功率3%なのかも知れません)

即ち、その積み重ねている量を質的に転化させうる指導ができるか、できないかなのです。

「量質転化の法則」に近い言葉は日本にもありました。守破離と楷行草です。

「守破離」(しゅ・は・り)とは能の世阿弥が残した言葉といわれています。以来、武術を中心とした習いごとではよく耳にします。

「守」はその教えを徹底的に模倣する段階。寸分の狂いなく

「破」は型を大きく崩すことなく、対象によって微妙な変化をつけていけるようにする段階。型だけでは、実戦に対応しにくいものです。

「離」は新たな道を創設する段階です。

我々の世界に置き換えると、

「守」例えば腰痛患者の場合、基本となる身体の診かたを教わり、

その治療法(治療の方程式)を身につけます。

「破」次に、同じ腰痛であっても、人の体型は違います。性別、年齢、身長、体重、そして人それぞれに違う悪いところです。このパターンを全て型にして教えることはできません。そのために、型を少し崩していく段階です。

「離」独自の治療法の確立でしょうか。

現実は、いきなり「離」でやっている先生、多くないでしょうか? 

「守」をいい加減なところで終わって。

「いいとこどり」なんて言ってるのはほとんどそうです。現実には、何も取っていません。

言い換えると、「我流」ですね。もう一つのたとえで、「楷行草」(かい・ぎょう・そう)。

楷とは楷書、行とは行書、草とは草書のことで、書道の言葉ですね。

凡人は楷書からしっかりと基礎を踏まないと草書は書けないんですよね。

また、いきなり草書を教わっても上達は難しいでしよう。

ピカソのデッサンを見たことがありますが、みごとなものでした。あの土台(楷書・行書)があればこそだと思いました。

上達論1.

鍼灸の分習法と全習法

物事を習うには、全習法と分習法があります。
全習法とは、最初から最後まで通して練習をすること。
分習法とは、一連の流れを都合のよいところで区切り、そこの部分を何度も繰り返すことです。

鍼灸に例えると診断→治療となるわけですが、この診断の構造が流派によっては非常に単純であったり(診断のみ全習法で可能)、複雑であったり(診断学自体を何段階かに分けて、分習法で学習しなければならない)します。

一般的には、この複雑な診断学の科学的指導法が弱いのではないかと思います。
これは、診断学のカテゴリーで書いていきたいと思います。

2010-02-15 科学的鍼灸上達論

施術の条件と負荷について1

第1段階の模倣、「守」「楷書」の段階が身に付いたら、次はどうするのか。

1.条件を限定する。

2.負荷をかける。

ということです。
1の例として、
 ボクシングというスポーツは、2本の腕だけで戦います。蹴りも、ひじ打ちも入りません。
 故に、あそこまでの技術が昇華したのだと思います。

 六部定位脈診も同じことです。中国では、高貴な人を診るときに脈しか触れることができなかった。そうであればこそ、脈の状態を細分化して、見落とすことがないように訓練を積んだはずです。しかも、治せなかったら治療家は何もお咎めがなかったとは思えません。そう考えると、2.の負荷までかかっていたわけです。
また、日本では視覚障害のある方たちが中心に鍼をしてきたこともあり、脈診がその中心になってきたことは当然だと思います。そしてこの場合には、先天的に触診能力が優れていたことを忘れてはいけません。
だからこそ、たった一つの診断法で人間の全体像を診ていくのは大変なのです。

2.の例として
 全ての運動において、適度な負荷をかけないと進歩はしません。これはスポーツだけではなく、自然、社会、人間の全ての発展の法則です。

 例えば、30キロのバーベルを持ち上げることができる人が100キロを挙げたいときに、
30キロのバーベルを50回も、100回も挙げる練習をしても不可能です。これでは、30キロのバーベルを挙げることに慣れるだけです。上を目指したいのであれば、
ここで、筋生理学的に適度な負荷をかけます。そして、筋肥大とともに負荷を増やしていきます。(本来ここでは、心の問題も大事になるのですが、それはのちほど)
 過負荷は厳禁ですが。

 1と2を合わせて

指圧・マッサージを例にとると、1時間の中で様々な肢位をとります。一般的には伏臥が多いですが。これを側臥のみで1時間やりなさい、といきなり言われたらどうでしょうか?
この筋肉は伏臥が一番ほぐしやすいが、それを側臥でするには「何を、どう」変えなければならないのか、何をどう変えれば限りなく伏臥と同じ効果が出せるのか、ということなのです。また、全身指圧のみで昔、有名な先生にまともに使えるようになるには、1.000人揉まなければならないといわれましたが、私は違います。
1.000人を様々な条件のもとで手かせ足かせを着け、負荷をかけて経験を積まなければ、
ただ指が強くなるだけです。

鍼もそうです。固物通し、生き物通し、浮き物通し、また0番で人体の硬いところを刺す。
敏感なところを、5番10番で自分に刺してみる。

これらは全て、条件を限定して負荷をかける練習なのです。
ただし、ここで過不可になってしまうと大事なことを失ってしまいますから、気をつけなければなりません。

数年前、「徹子の部屋」に有名なスポーツトレーナーが出演されていて、そこで若い時の修行法を話されていました。
詳しくは忘れましたが、1週間ほど目隠しをして生活をされたそうです。
食事も、入浴も、治療も(患者さんではないと思いますが)。
これは、条件を限定し、かなりの負荷をかけることによって、短期間での「量質転化」を狙った訓練法なのです。主に触診ですね。もちろん、それだけではないと思いますが。

続く
 

2010-03-02 科学的鍼灸上達論

施術の条件と負荷について2.

全ての運動発展の法則として、「負荷をかける」ということは前述いたしました。

例えば、10キロの道を歩いている。この繰り返しで身につくのは、10キロを歩く筋力と、持久力です。
これが、20キロ、30キロと増やしていくには2つの方法があります。

1つは、時間の短縮。10キロを90分かけて歩いているのを、少しずつ時間を短くしていきます。
80分→70分→60分というように。

2つめは、重量を増やす。体重を増やすわけではなく、かなり重めのリュックを背負う。足首、手首に重りを巻く。
昔流行りましたね、小さめのダンベルを両手に持ってジョギングをする。

この2つのどちらか、または両方を組み合わせることでスムーズに次のステップに移行できます。

さて、これを我々鍼灸の世界に置き換えるとどうなるのでしょうか?

1つ目は同じです。治療時間の短縮です。対価を取って治療を始めたころは、時間をかけるものです。
しかし、いくつかの自分の治療パターンが構築しかかったならば、少しずつ時間短縮を試みなければなりません。
施術時間で長くて喜ばれるのは、マッサージだけです。基本的には、治療というのは短ければ短いほどよいのです。
ただし、効果が弱くなるのは論外です。
どのように短くしていくかは、各流派によって手法が違いますから各自のお師匠様にお聞きください。

ただし、共通項としては、1つ目は診断の速さ、2つ目は刺針の本数を減らす、これに尽きるわけです。
二つとも、強い意識下での反復から生まれるわけですが、一番大きな問題はどこでそれをするのか・・・・

この環境が少ないのです。方法論としては、開業した場合保険を取り入れる、非常に安い料金設定で数をこなす。
この場合、ある程度の経験を積んだら治療院の移転も考えた方がよいでしょう。

2010-05-07 科学的鍼灸上達論

鍼灸を極めること

何というのか、本当に鍼灸学校に入ってはいけない人たち、鍼灸師になってはいけない人たち、が多く存在しています。
平たく言えば、「バカ」なんですれど。きちんとした、学習習慣を持たないものができる仕事ではないのです。

これは、新設校の増設以前からありました。どのような人間が「鍼灸師に向いているのでしょうか?」

私の個人的な考えですが、

1.一つのことに執着できること。
 

2.最低限の学習習慣を持ち合わせていること。
3.論理的思考能力を持ち合わせていること。
4.想像力を持ち合わせていること。
5.手先が器用なこと。
6.接客がまともにできる人。
7.最低限の社会的常識を持ち合わせていること。
8.文学的能力と、理系の能力を併せて持ち合わせていること
9.自分自身のことを、客観的に評価ができる人。

一生涯、毎月20~30万くらいの収入でよければ、今のところ誰がなってもいいんでしょうけれど・・・・・

鍼灸を極めること2

前回の続きですが、以前高麗手指鍼学術セミナーに現役のdoctorが参加されていました。
公私にわたって今もお世話になっていますが、やはり違うんですね。

当然医学部を卒業されていらっしゃるわけですが、幼少時からの学習習慣が一生涯身についていらっしゃるわけですよ。
毎日の診療は、朝から晩まで緊張の連続で、休みの日には医師会の会合などでほとんどつぶれ、その中でセミナーに参加され、毎日刺針練習は欠かさずされる。

鍼灸で「飯を食っていかなければならない人間」が、これができないなんて私には信じられないのです。
なんで睡眠時間を減らさない?  なんで趣味を中止できない?
学習習慣を持たない人間は、論外なのです。社会生活での、全ての向上はあきらめるべきなのです。

もちろん、現在の鍼灸学校は4大卒が半分以上占めていると思います。私のところにも、国立大学の大学院出の人も数人面接に来られました。この人たちの感違いは、我々の世界は知識の蓄積だけではどうにもならないことが分からないことです。知識+職人的素養なのです。

現在インターネットで情報はいくらでも入ります。
純粋な鍼灸院で、まともな給料をもらい、システム化したスキルアップの場があると思うことが、偏差値はまともでも、生きていくための知識、これが無いんですよ。

セミナーである技術を指導する。勤務先では使えないという。なぜ、使えるようにしないのか?  
一生涯、使う機会は無いと思う。それは、タナボタ人生である。(タナボタとは、棚からぼたもちのこと、分からなければ、ネットで調べましょうね!)
なんで、自分から人生を変えようと思わないのかな?  あと数年セミナーをしてみて、このままだったら、セミナー開催を辞めようかと思っています。結構自分自身では指導の工夫もしているつもりです。サブテキストも少しでも分かりやすく、前日は夜中まで修正して、でも、だめな人間はだめなんだな。

こんなこともある。ある技術を指導する。患者に使ってみたところかんばしくない。

まともな人間は、自分の練習方法から見直すのです。こんな人間は、なにも身につけることはできない。

なぜ、1年、2年くらいの受講で、出来上がった気がするのか?
分かった気がしているだけである。本当なら、自分が講師レベルになるほどでなければ、対価をいただいて患者さんの病気を治すなどとは、「おこがましい」んですよ。→分からない人は、ネットで調べようね!

コストパフォーマンス・上達論と経営論

身銭を切るということ1

さて、マッサージにしても、鍼灸にしても、生身の人間を相手に練習をしないことにはお話になりません。
初めは、自分の身体。次は鍼灸学校の先生か、同級生。
そして、家族になるのでしょうか。

ここで問題になるのが、その効果と対価なのです。

例えば、路上で道行く人に30分無料でマッサージをします。気持ちいいと言ってくれるでしょうね。
タダだから。しかも、普段からお金を使ってマッサージをあまりしな人であればなおさらです。

これが、30分3000円ではどうでしょうか。一般的な対価ですね。

そして、30分6000円ではどうでしょうか?

後者には、かなりの満足感を与えなければ、リピートはあり得ません。
人は、瞬時に価格と商品のコストパフォーマンスを考えます。
社会的に長く生きてきた人程です。

心の中ではこう思っているのです。
・この程度でも、タダだからまあいいかな。
・まあ3000円ならこの程度かな。
・この技術なら、倍でも惜しくない。

これも、治療における負荷になります。
実際の治療院における価格設定は難しいものです。

1.立地・・・地方なのか都会なのか・郊外か商店街か
2.施術時間・・・15分で終わるのか、1時間かかるのか、
3.ネームバリュー・・開業したてなのか、メディアにもよく出ているのか

綜合的に判断をしなくてはならないですね。
2010-05-18 科学的鍼灸上達論

身銭を切るということ2

ほんとうは、こちらの記事を書きたくて「身銭を切ること1」をいれました。

さて、「代替医療のトリック」では、鍼の効果はほとんどがプラセボと書かれています。
これに関連してですが、高麗手指鍼の治療器具を用い、効果があったか、なかったか、ということを無料でデーターを取る意味は何でしょうか?

道行く人を捕まえて、無作為に試しているわけではないのです。
まず、関心を持っている人しか応募はしません。この段階で、フラゼボ第1段階です。
そして、盲検法にはならないのです。一重にもならないのです。いわんや二重などはあり得ない。

まあ、家族相手に使っていれば問題は無いのですが、我々鍼灸師はこの世界一代替療法の多い国で、失敗は許されないのです。

もし、効果があると信じているならば、お金をいただくべきです。
結果は、かなり違うものになることでしょう。
2010-05-18 科学的鍼灸上達論

身銭を切るということ3

私の母校に、「按摩クラブ」なるものがあるらしい。
過去、母校出身者を十数名採用しているが、かの「按摩クラブ」なるものは、まるでママゴトアソビのようなものですね。ろくに指圧マッサージにお金を使ったことのない者同士が、あーだの、こーだの、時間の無駄でしょうね。

そんなことをやっているのなら、国試の勉強でもしていたほうがましです。
そんなところで、3年やっていても、意味のないことです。物事には、やればやるほど「へたになる」ということもあるのです。私のところだったら、3日で3年分をカバーさせてあげられるのですが。
もっとも、採用と同数ぐらいの人は、見習い期間に辞めていただきますが。
日は、チョット「辛口」

 

まとめとして

これだけは伝えておきたいことが有ります。

鍼灸の流派や、環境の違いで全てが当てはまる訳ではないとおもいます。

しかし、鍼灸に限らず人生全てのことについていえることがあります。

「何も努力(絶対的に必要な練習量)しない人が成功(転化)することはありえない。しかし、こつこつと地道に努力(正しい方向で反復練習)していけば、ある一定の段階(閾値)で、成功(転化)する。必ず。」

以降、弁証法を使って下記の内容について解明していく予定です。

 

1. 六部定位脈診の真実

2. 診断学・・・古典的から現代的

3. 経穴(ツボ)

4. 経絡

5. 高麗手指鍼療法と科学的上達論

6. 小松式複合治療と科学的上達論

7. 否定の否定の法則からみた鍼灸流派の成立

8. 対立物の相互浸透の法則からみた鍼灸師と鍼灸術

以下続く・上記は順不同

 

この続きは・・・・科学的鍼灸上達論と科学的鍼灸院経営論で

Copyright(c) 2012 こまつ鍼灸院 All Rights Reserved.